エッセイ寄り:本に挟まったアレについて
リボンについて調べていた。
昔はリボンで儲けていた貴族やギルドがいたため、リボン織機は一部で使用が禁じられていたそうだ。そういえば労働組合について学ぼうと思っていたとき手に取った本がギルドの話からスタートしていて面白かったな、なんてことを思い出したが、リボン織機のことはどうでもいいんだった。
僕がリボンについて調べ始めたきっかけは、本に挟まった紐状の、栞(しおり)として使うアレについて考えていたからだ。ここでは便宜的に引き続き「アレ」と呼ぶ。
僕はアレが好きだ。
糊付けされているから失くす心配がないし、本を開くときは紙の栞のようにパラパラせずともアレの端をひょいっとつまむだけで望みのページにダイレクトアクセスでき、スマートだ。新刊だと道路で干からびたミミズのようなアレが、中盤くらいに急に登場して驚くこともあるが、その情けない姿も嫌いじゃない。
僕の印象ではアレは赤〜茶色であることが多い。でも青や緑のアレも見たことがある。予想していなかった色のアレに出くわすと、きっとその本を作った人もアレが好きなのだろうと仲間を見つけた気分になる。
ところでアレといえば、ハードカバーに付いている印象が強く、言わば廉価版の文庫本には付いていないことがほとんどだ。しかし先日とある文庫本を購入したところ、なんとアレが付いていた。確認のために検索すると新潮文庫はアレを一貫して文庫本に付けているらしい。それだけで新潮文庫がちょっと好きになった。
……ここからがようやく本題で、僕はアレの名前に納得がいっていない。
調べたところ「リボン」「栞紐(しおりひも)」そして「スピン」と呼ばれることが多いようだ。
リボンは分かる。そのものを表していて潔い。栞紐は……ひねりも何もないが、こちらも機能と見た目を素直に表現していてよろしい。しかしスピンにはどうも首をかしげてしまう。そして残念なことに、業界用語としてはスピンが最もよく使われるそうだ(当社調べ)。
英語で本の背を意味する「spine(スパイン)」からきた説が有力らしいのだが、そもそもスパインには背骨っぽいゴツゴツしたイメージがあるから気持ち悪い。そしてスピンだと回りそうだし、スピンするものって大体ある程度堅さがあると思いませんか? 僕は思います。だからスピンはスピンで、僕のアレへの愛の受け手としては認められない。
僕はアレが好きなのに、アレの名前が好きではない。この認知的不協和を解消するために新しい名前を考えてみることにした。
キーワードは現存する呼び名から考えるに「リボン」「紐」「栞」あたりだろう。そしてリボンは紐状の織物だとウィキペディアには書いてある。
念のため辞書をあたってみると、大体が「幅の狭い織物」とか「帯状の織物」としているが、三省堂国語辞典にいたっては「色のきれいな」とまで謳っている。そんな主観的な判断を語意に含めてしまっていいのか?と少し心配になる。
こうしてキーワードやその意味をこねくりまわすうちに、最初に浮かんだ名前が「織紐(おりひも)」だ。「織」という言葉は漢字も読みの響きも好きだし、織姫っぽいのもいい。三省堂が語彙に主観をバリバリ込めているのだから、僕の主観を込めてもいいだろう。読んだ箇所とまだ読んでない箇所を分かつアレは、さながら天の川だ。ただこれはどちらかというとリボンの邦訳という感が否めない。織られた紐で織紐。
次に考えついたのが「紐栞(ちゅうかん)」。読みが少し間抜けだが、栞の機能も表しているし、良いのでは?と思ったのもつかの間、よく見たら現行の呼び名「栞紐(しおりひも)」を入れ替えただけだった。車輪の再開発ってこういうことを言うんだろなと少し感慨深い。
そして行き着いたのが「帯栞(おびおり)」だ。帯状の栞で帯栞。あえて「しおり」の「し」を読まないことでこなれた感がでるし、帯栞を含む本の印刷見積もり書では「OO」とか略されてそうで良い。帯のしなやかさがアレとマッチするし、漢字を見ればすぐにアレが連想されるであろう。
すでに使われている言葉じゃないよな、と心配になりググってみると、なんと新潟県に「帯織(おびおり)」という(無人)駅があるらしい。そして地方創生的な取り組みで、Eki Labという施設が2020年にできたようだ。10-22時オープン・年中無休で、入会金3,000円(税別)、月会費980円(税別)と嘘みたいに安い。3Dプリンターやレーザーカッターがあり、Fab Labとして使えるようだ。
しかも帯織駅が位置するのは、ものづくりで有名な「燕三条」の片翼を担う三条市だった。これはもうコラボレーションの香りしかしないではないか。
栞という言葉は、山道などを歩く際来た道がわかるように枝を折っていた(枝折る=しおる)ことに由来するらしい。工芸品という枝を折りながら、歴史に名を残してきた燕三条、そこに新たな糸を織り込むEki Lab……という感じで、どなたか続きをお願いできないだろうか。